思うことはいつも

生活していて感じたことや触れたもの

2022年9月の記録

毎月ブログを書くという目標は恥ずかしいかな1年間も続かずじまいだったのだけど、今月は記録しておきたいことが結構あったのでひさびさに書きました(ところどころ8月後半のできごとも含む)。

漫画好きの友達と3人で、神楽坂のロイホでずっと「チェンソーマン」と平方イコルスンスペシャル」の話をしていた。「スペシャル」は今年の夏出会ってよかったもの第1位だ(2位はパルム安納芋味)。まだ読んでない人はこの先数行読み飛ばしてください。

もうシンプルに、こんなにも物語の展開に夢中にさせられたのって、覚えている限りここしばらくないかもしれない。それくらい最終巻は没頭してしまった。そして「スペシャル」は「ほのぼの日常物から急展開を見せてやろう」みたいないやらしさが一切ないのがすごいと思う。帯に書いてある通り「何かがおかしいことは最初からわかっていたはずだった」のだ。Amazonのレビューにある「これまで目を逸らして来たツケが回ってきたかのような、衝撃的で、目を背けたくなるような出来事が次々と起こります」という言葉がとても的確だなと思った。僕はこの作品を「一見平和に見える日常のすぐ裏側にはとんでもない悪意や歪みが渦巻いていて、それを見て見ぬふりしているうちに後戻りできないところまできてしまう」という、自分たち自身が生きるこの世界の話だと思って読んでいます。自民党統一教会の関係も気候変動も全部そう。そしてそれを「8年間かけた連載でスクールライフコメディからシリアスな展開へと舵を切る」という、作品の形式で語っているのがすさまじい。こんな作品は「スペシャル」以外この世に存在しないと思う。

「ブランクスペース」の最終巻はちょっとイマイチかなというのが正直なところ...。目に見えない物 / 忘れ去られていく物とフィクションとの関係性という主題は好きなのだけど、2巻あたりからずっと話の流れが歪で、それが最後まで続いた印象だった。荒唐無稽なバトルシーンとかにも乗れず...。
シマ・シンヤ「GLITCH」はまだ全貌がまったく読めないのだけど、見知らぬ町を舞台にしたSFジュブナイルものというだけでワクワクしています。

無性に詩を読みたくてなって、杉﨑恒夫「パン屋のパンセ」、西尾勝彦「歩きながらはじまること」、斉藤倫「ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集」、島楓果「すべてのものは優しさをもつ」、岡本真帆「水上バス浅草行き」を買った。俺も詩を書きたい。

「嫌なことから一目散に逃げるのがPYLの流儀」「もうこれ以上誰からも怒られたくありません」というステートメントから始まったperfect young ladyのバンド編成ワンマンは、今この瞬間に現場でしか目撃し得ないようなカルトポップが渦巻いていて最高でした。とても上質なポップミュージックをあくまでインディー的な感覚で鳴らす姿に、かつてのMAHOΩを想起したり。キッチュな雰囲気と楽曲や佇まいの端々から溢れ出る、人を食ったような舐めた態度がとにかく最高で、そういう姿勢は渋谷系的なものと近いなと思ったりもしたけれど、最終的にはキングオブコントのときのにゃんこスターアンゴラ村長みたいという結論に落ち着きました。

フィッシュマンズくるり、折坂悠太、カネコアヤノ出演のイベント「WIND PARADE」を秩父に観に行く。全組のパフォーマンスが素晴らしいのはもちろんのこと、最後のフィッシュマンズのライブパートで披露された全組総出での「ナイトクルージング」で普通に泣いてしまった。フィッシュマンズくるりに出会った学生時代からカネコアヤノや折坂悠太を聴いている今まで、自分の中の歴史の断片のようなものが思いがけぬ形で交差していて、生きててよかったなんてことを本気で思ってしまった。
カネコアヤノはドラマーが変わった影響もあってか、演奏の激しさに拍車がかかっていた。新曲はイントロから最後まで8分の6拍子(だったはず)。カネコアヤノはサビで急にハチロクになる曲が多いけど、全編通してなのは珍しい気がする。

Baes Ball Bearの小出祐介が、柴田聡子が手がけたRYUTist「ナイスポーズ」の歌詞の凄さを熱弁していると聞いて、聴きたさのあまり初めてラジコプレミアムに登録してしまった。それ以降「ナイスポーズ」をずっと聴いている。自分の中の2019年ベストトラックは「涙」だし、2020年ベストトラックは「ナイスポーズ」だ。「“今この瞬間”のひとつひとつがいつか思い出になってゆく(byさくらももこ)」ということに気づいた瞬間をここまでチアフルに切り取った曲がほかにあるのだろうか。「うとうとした肩を叩かれて振り返るまばたきの中」とメロディに対して詰まり気味に言葉を乗せた直後に、サビの「いっせいに飛ぶ綿毛 透明な空の手」でゆったりした譜割になるの、映像が急にスローモーションになった感じがあって聴くたび感動してしまう。

Laurd day romanceの新曲がとてもいい。シンプルなアレンジによって和声やメロの美しさが際立っていて、「Friends Again」の頃のシャムキャッツみたいだと思った。



「みんなのヴァカンス」「セイント・フランシス」「NOPE」「さかなのこ」「百花」「秘密の森の、その向こう」と、今月観た新作映画はどれもよかったのだけど「中途半端な感想を残すくらいなら沈黙してしまえ」とFilmarksに鑑賞記録を付けることすらやめてしまうという体たらく。Filmarksの点数の基準を明らかにミスっているのでリセットしたい。
しかし「みんなのヴァカンス」の夜の描写は出色だった。大袈裟でもなんでなく冒頭2分で「自分にとって特別な映画になる」と確信したし、その確信通りの作品だった。カラオケのシーンが印象的な海外映画を観ると、「カラオケこの国考えた」とかいうカシアス島田並みの“愛国心”が顔を覗かせてしまう。
「セイント・フランシス」はちょいちょい言われている気がするけど「わたしは最悪。」や「カモンカモン」に通じるものを感じさせる作品で、「わからない」ということを2時間かけて描いているのがよかった。性別も年齢も置かれている立場もまったく違うから安易に共感なんてできないけれど、いくつになってもみんな「わからない」まま生きていくんだと勇気付けられた。

1話分録画し損ねたせいで「初恋の悪魔」が完全に止まってしまい、全話終わったのに配信でも観ていないという駄目っぷり。流石にそろそろ観ようと思ってる。
友人から急に「大豆田とわ子を観て、坂元裕二のドラマにハマりそう」という旨のLINEが来たので「それでも、生きてゆく」と「最高の離婚」を全力で薦めてたら、自分も無性に観たくなってしまい、「最高の離婚」を全話観返した。もう5回くらい観ているはずだけど、段違いで面白すぎる。1つの明確な主題を豊かな会話劇にまとめ上げてしまう脚本も主演2人の演技もロケーションも群を抜いて素晴らしい。しかし、放送当時から濱崎光生に自己投影して観ていたのに、自分の中の濱崎光生性が年々薄れていることに気づいて寂しくなる。今の俺なら稲穂も喜んで振りそうだ。

8/27と9/18にお笑いライブ「グレイモヤ」を観に行った。8/27に観た友田オレのこのネタがとても面白かった。


阿曽山大噴火っぽい言い回しやネタの展開”なんてものが自分の中に知識として蓄積されていることに驚かされる。
あとケビンスは今すぐにでも売れそうな華とネタから滲み出る関係性の美しさみたいなものがあってすごい。
しかし「グレイモヤ」を観て以来、拍手笑いという現象についてずっと考えている。

前日に知って飛び入りでユーロライブに観に行った「夢の島志念公演」がとてもよかった。街裏ぴんく、小松海佑、永田敬介という2022年現在の漫談家三傑による2本ずつの漫談ライブだ。思春期ならではの自意識を見事に具現化した小松海佑の2本目「文化祭」もめちゃくちゃ面白かったのだけど、”手紙”をモチーフにした永田敬介の2本目が特に素晴らしかった。ファンレターについての話から始まり、脱線しつつ細部を笑いで埋めながら、いつの間にやらもう1枚の“手紙”の話へとつながっていく。ルサンチマンをまき散らすようなアウトローな語り口に反して、その筆致の鮮やかさはまるで向田邦子のエッセイのようだなと、ひとりで感動してしまった。

決勝をまっさらな気持ちで観たいという思いもありつつ、キングオブコントの準決勝の配信をギリギリに徹夜して2日分観てしまった。2日間ともロングコートダディが一番好きだった。1日目のネタみたいな会話を永遠に聴いていたい。
母親から「キングオブコントの決勝、2組も知らなかった」と連絡が来た。2組以外知ってるんかいと思ったし、その2組にや団が含まれてなくて、や団知ってるんかいと思った。絶対にダウ90000のこと好きだと思ってずっと薦めていたら、「深夜1時の内風呂で」の放送翌日にえらく興奮してる様子のLINEが届いた。それだけで、ものすごく意味のある放送だったんだなと感じる。

今月もっとも好きなあるあるは「市民会館で飽きたときに目に入る、時計と禁煙の文字と非常口マーク」でした。