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GOMES THE HITMAN『memori』

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昨年12月、GOMES THE HITMANの14年ぶりのアルバム『memori』が発売された。これが単なる復帰作におさまらない、とても素晴らしいアルバムだ。

歌詞を持たないアカペラの『metro vox prelude』(パパパコーラス!)に続いて、リード曲である『baby driver』が始まると、ギター、ベース、キーボード、ドラムが順番に入ってきて、一つのバンドアンサンブルを奏で出す。こんなにも復帰作にぴったりな始まりはないだろう。

『baby driver』はその名の通りドライブによく似合う軽やかなギターポップだ。その曲中で彼らは理由もなくどこか遠い場所を目指す。そしてその遠い場所が「海」であると明かされた瞬間、僕はたまらない気持ちになってしまったのだ。

彼らにとっての「海」が、単なる海ではないことは、約20年前のアルバム『down the river to the sea』の歌詞カードに書かれたリード文を見てもらえればわかるはず。アメリカの児童文学のようなリズムに、目の前まで香ってくるような夏のにおい、もうこの世で最も好きな文章の一つなので、全て引用してしまいます。

川を下って海へ行く。
僕らにはミシシッピ川や聖なるガンジスもない。
僕の回りにはハックル・ベリイフィンもいないし、相棒ジムもいない。
それでも川を下って海へ行く。魔法を信じて川を下る。
サバービアを抜けていく。寒い夜を越えていく。
ハミングで真夏の方角へ。
センチメンタル・ジャーニーの途中でもう一度あの娘に会えないかな。
照りつける太陽に僕らの舟は溶けてしまいそう。
涼しい風、プラムの実と甘い珈琲。
つまるところ、最後に残ったのは僕らだけじゃないか。
つまるところ、僕らしか必要ないじゃないか。
海があればそれでよかった。
海があって本当によかった。
川を下って海へ来た!

ここで出てくる海というは、当時の文脈からしても、あの偉大かつ凶悪なアンファンテリブルが「行くつもりじゃなかった」と嘯いた、あの海であると言い切ってしまおう。90年代の日本のギターポップネオアコといえば、やはりFlipper's Guitarは無視できない存在で、GOMES THE HITMANもその例外ではなかったはず。それを裏付けるように、『down the river to the sea』の歌詞には、「意味のないセリフ」や「カレイドスコープ」など、フリッパーズ的なガジェットが散見される。(余談であるが、『会えないかな』に出てくる「黄色い花束」をフリッパーズ的な花束として解釈すると、とても切なく感動的だ。)

しかし、この名分の書き出しは「川を下って海へ行く」であるからして、「海へ行くつもりじゃなかった」なんていう嘘にまみれたシニカルな態度に真っ向から反発している。最終的には、「海があって本当によかった」なんていう全肯定さえしてしまっている始末。
フリッパーズの言う「海」というのは、後に小沢健二がソロで何度も口にする「本当のこと」と、そのままイコールで結ばれているはずで、つまりこの名分は、「確かなことなんて何もないけど、目の前の川だけを頼りに本当のことへと向かっていこう」という、何より大切なことが書かれているのです。

なんだかすっごく遠回りになってしまったけど、だからこそ僕は、GOMES THE HITIMANがまだ海を目指していると知ってとても嬉しくなってしまったのだ。時間の経過なんてものが生み出す無力さにからめとられることもなく、達観することもなく、4人を乗せた車は道なき道を超えて、海(=本当のこと)を目指していく。

もちろん、『baby driver』以外も素晴らしい曲ばかりだ。ソロ活動を経てますます充実した歌とメロディに、少年性と落ち着きが宿った声、そして復活作とは思えないような有機的で瑞々しいバンドアンサンブル。特に、『魔法があれば』はGOMES THE HITMANの面目躍如とも言える最高のギターポップ。美しいコード進行と気持ちのいい譜割りに、つい「そうそう、ゴメスってこういうバンドだよな!」と唸ってしまう。

そして、一見そんな軽やかなナンバーに目を奪われてしまうが、どちらかというとこのアルバムはダウンテンポのバラード調の曲の方が多く収録されている。そんな楽曲の中には、やはりそれでも、いくつもの『時間の経過で失われたもの』が描かれている。

なにひとつもう変わらないって思ってた
誰ひとり もう傷つかないと信じてた

懐かしい名前 思い出してゆく顔
かけちがった記憶と昔話

しかし、そんな時間の経過に対する祈りを込めた曲たちも、なんだかとっても抜けがいいのだ。
まだ若かったomniやrippleの頃とは違う、『新しい青の時代』以降の''祈り''だと思わせる何かがきっとある。

僕はまだこの街で あてもなく言葉を探しているから

そんな言葉がなんだかとっても輝いて見える。
ここには、時の流れとともに変わったものと変わらないもの、その両方がある。